恋する毎日プライスレス



朝のレジは、結構混み合う。
レジは3人でやっているが、それでもそれぞれの前に5人ずつほどが並んでいる。
ちらりと列に視線をやって、
(よっし!)
心の中だけでガッツポーズ。
俺の列に、あの子が並んでいる。
レジを打ちながら、時々視線を向ける。
制服はここの近くの女子校。今時珍しく肩までのまっすぐな黒髪に、やや膝上という長めのスカート。
(やっぱ、カワイイ)
彼女は決まった曜日だけこのコンビニに朝やってくる。
それがわかってから、その曜日だけ朝必ず入るようにした。
とうとう彼女の番がやってきて、ヨーグルトとサラダ、お茶をレジに通す。
無言で目も合わさない客が多い中(まあ、女客はうっとおしく絡んでくることも多いのだが)、いつも微笑んで会釈してくれる彼女。

本日5分30秒。なかなか長かった。
そのうちきっと、親しくなって会話したい。
朝のレジ打ちに忙殺されながら、俺は今日もそんなことを考えた。


1. 君に一番近い距離、今朝のレジ前5分30秒




「いらっしゃいませー」
よく通る中低音の声。
私に対して言われているわけではないけれど、いつもドキドキする、彼の声。
お弁当を偶然作らなかった日に寄ったコンビニで、初めて彼を見た。
クラスで近くのコンビニにかっこいい店員さんがいるって言ってたのがこの人のことだとすぐにわかった。
それ以来、こっそり週に2日だけ、お弁当休暇を作ってこのコンビニに通っている。

新発売のお菓子を手に取りながら、棚の隙間から彼を眺める。
(かっこいい・・・)
みんなのように声をかける勇気はないけれど。
これが、私の密かな朝の楽しみ。


2. お決まりの挨拶も君の声なら幸せで




お菓子のパッケージを開ける。
お気に入りでよく買うものだ。

「あ、これあそこのコンビニに置いてあるやつだよね」
友達の薫が、椅子を引っ張ってやってくる。
薫は本当に色々詳しい。
それこそこの学校のイケメンランキングから、新作のお菓子まで。

このお菓子もこのあたりだと、あのコンビニでしか扱っていない。
「もしかして・・・明里もあそこのイケメン君が気になってるのかな〜?」
そう言ってにやにやしながら見てくる。
「も、もう。そんなんじゃないってば」
照れ隠しに少し睨んで言ってみるけれど。
「ふうーん。じゃあ、そういうことにしといてあげる」
そう言って相変わらずにやにやしている薫から、少し顔をそらしてチョコレートをひとかけら口に入れた。
いつものチョコレートが今日はよりいっそう甘い気がした。


3. お値段100円ちょっとの胸きゅんタイム




授業が終わってから、夕方のシフトに出る。
(今日はなんか・・・暇だな)
たまにこういう日がある。客も立ち読みばかりで大してすることもない。
ぼんやりとあの子のことを考えながら、ドリンクの補充をするうららかな午後もとい夕方。
裏側からペットボトルを並べていく。裏にいるから客に見られることもない。
そんなときに眠くなってしまったとしても、それは俺のせいじゃない。うん、そうだそうだ。不可抗力だ。
…まあ、仕事中だけど。
そうして欲求に任せるままに大きくあくびをした瞬間。
ボトルとボトルの隙間から、思い描いていた彼女のぽかんとした顔。
あ、こんな顔もかわいいんだ、と再発見。
って、あれ?俺の妄想?
とか思っていると、くすりと笑って、紅茶のボトルを一本取っていった。
ってことは、どうやら本物だったらしい。
・・・うわ、今度どんな顔して会えばいいんだろ。
俺は思わず両手で顔を覆った。


4. 欠伸を誤魔化す照れ笑いの午後




寒くなってきて、小さなパックに入ったお鍋特集という商品が出された。
女性向けに考えられているようで、内容もヘルシーだ。
(今日は・・・これにしてみようかな)
一つ手にとってレジへ向かう。
今日も、もちろん彼のところへ並んだ。
財布を取りだして、支払おうとすると、彼がもう一言。
「温めますか?」

初めて私に向けられた、問いかけと、笑顔(きゃあきゃあきゃあ!)。
そういえば今までこういうもの買ったことなかったっけ。
「あ、いえ。いいです」
顔、赤くならなかったかな。
(実は、もう温めてます・・・あなたへの、恋心)


5. 「温めますか?」と訊かれてドキリ (温めてます……恋心)




「540円です」
いつも思っていた。
ちっちゃい手だなあ。
そんなことを考えていたので、まあ、少々ぼんやりしていたかもしれない。
思わず手を触ってしまった。
いや、もしかしてちょっと故意だったかもしれない。うん。
なんだか彼女が顔を赤くしているように思ったのは、俺の願望かな。
「小さかったし、なんかやーらかかったな・・・」
そんな新たな発見をした、今日のバイトだった。


6. おつりを差し出す手が触れあって




「もう。煮物作り始めてからお醤油ないことに気づくなんて」
母親から頼まれてお使いに行った帰り道。
空は上の方から闇に包まれ始めている。ぶつぶつ言いながらも、藍色と茜色のグラデーションに見入ってしまう。
何だか切なくて、胸が苦しくなる、そんな時間だ。

「・・・早く帰ろう」
そろそろ母親がなかなか帰ってこない娘と醤油に痺れを切らしているかもしれない。
そう思って視線を下ろしたときだった。
横断歩道の向こう側。
いつもの制服と違う服。
それでも一目で分かってしまうのは。

結局辺りが藍色に飲み込まれてしまうまで、彼女は彼の背中をぼんやり見ていた。
藍色の景色の中、彼女の頬だけが茜色に染まったままで。


7. バイト帰りの私服姿とすれ違う黄昏




ざく切りリンゴヨーグルト、あまーいミルクチョコレート、イチゴのキャンディにパックのミルクティ。
3ヶ月に及ぶ彼のリサーチで分かった、彼女の好きなものだ。
何とも女の子らしいチョイスに、それだけで要は一人部屋で悶えてしまった。

「けど、マジで3ヶ月もろくに喋れてもいないってどうよオレ・・・」
補充をしつつがっくりとうなだれる。
近くの女子校、バッジの色から2年生で名字は作上。多分、彼氏はいない・・・・・・のを切望。
彼が持ってる彼女の情報といえばたったのこれくらいだ。
あ、それから。
「私服もちょー好みだった・・・」
先週のバイトの帰り道でちらっと見かけた彼女。あの近くが家なんだろうか。家着っぽい薄いピンクのショートパンツに小花柄のチュニック。普段は隠れている白い太腿が眩しくて、思い出すと危うく男の子の部分が反応してしまうことがあるのであんまり思い出さないように意識している。
でも余りにも無防備で心配になる。・・・彼氏でもないけど。いや、でももし彼氏になったとして、あんな格好で部屋に来られたりしたらどうだろう。パラダイスだ。・・・いやいや待て、逆に地獄かもしれない。3分以内に襲いかかる自信があった。

「あ゛ーー!!」
色々考えていると何だかやばい感じになってきたので、雑念を振り払いながらがつがつと詰めていく。
やや前かがみでミルクティを補充する姿を、バイト仲間たちが遠巻きに見つめていることなんてお構いなしで。


8. いつものお気に入り商品は品切れで




今日は彼女が来ない日だ。っていうか夜中だ。
何でこんな無意味な時間帯に働いてるかって言うと、小憎たらしい祐一郎の野郎が、明日塾での模試だから代われとか言ってきたからだ。
でも彼女は来ないわ人はいないわのこんな時間に真面目にやったって空しいので、彼女の好きなヨーグルトを補充しつつぼやーっと見つめていると、突然後ろからがっしりとした腕が覆い被さってきた。
「ねーねーもしかしてさー、要っち、好きなの?」
筋肉質な腕でホールドするように肩を組んできたのは、いっこ上の(正確には年齢は2つ上の)バイトの先輩だ。
「あーもーヨッシー重いっての!」
祥行だから、ヨッシー。気さくで慕われているが、要が昼の勤務ばっかりし始めてからはあんまり会わない。
「っつーか、何がだよ。ヨーグルトだったら、好きでも嫌いでもねーけど(俺は)」
「ちっちっち。要くん、俺の目をごまかせると思っちゃあいけないよ。君がいっつもあつーい視線を送ってる明里ちゃんのことだよ。これ、よく買ってるよね」
そう言いながら要の手からヨーグルトをひょいと取り上げる。そんな彼に思わず要は詰め寄った。
「ヨッシー!もしかして、あの子と知り合い!?あっこの女子校の作上さんのことだよな!?」
「あーやっぱりかー。あの子の友達と知り合いなんだよ。いやー、そっかあ、要っちがなー、そっかそっか」
「なんだよ、その含みのある言い方…」
「いやー、実はさー、俺最近まで気づいてなかったからさーあの子の友達に、要っちの武勇伝(という名の女性遍歴)言っちゃったんだよねー。ゴメンゴメン(・ω<)」

「ナニーーー!?(てへぺろじゃねーっつーの!可愛くも何ともねーっつの!!)」



その日、朝出勤してきた後輩の雅也は、更衣室で真っ白になっている要を目撃することになる。

9. 「好きなの?」と訊かれてギクリ (いつも買いに来るよね)




数日前にすれ違ったあの時と同じように、藍と茜が交じり合う夕方のことだった。
バイトからの帰り道だろうか、彼が前から歩いてくる。
明里はお使いの帰りでずっしりと重いエコバッグの持ち手を握り締めた。
この時間なら、きっと顔が赤くても、夕日のせいだと思ってもらえるだろう。
顔も覚えていないだろう女の子が赤面してたって、変に思われることなんてないだろう。
そう思うけれど、近づくにつれて自然と顔が下を向いてしまう。
跳ねる鼓動と夕焼けよりも赤く染まった顔に気づかれませんようにと祈りながら、横を通り過ぎようとした時だった。

「…え?」
「……あのさ!」
なぜか手を握られていた。
『え?ええ!?』
明里はもはやパニックだった。彼に声をかけられたこともだし、それから握られている手も。
もっとハンドケアしとけばよかった!この前薫がお土産でくれた、オレンジの香りのハンドクリーム、もっと塗っておくんだった!なんて思ってもあとの祭りである。


「俺、違うから!昔は結構適当に付き合ってたかもしれないけど、今は、全然そんなことないから!」
という彼の言葉に全く覚えがない明里は「え?は、はあ…」と気の抜けた返事をするしかなかった。
けれど、「昔はその、女に興味なかったっていうか、本当に好きってことが俺には分かってなかったから…」などと何のことか分からない話が始まって呆然としていた明里が、ようやく「人違いじゃないか」ということを思いついた時だった。

「作上さんのこと好きになってからは、潔白だから!」

「…え?」


結局、明里に要の武勇伝が伝えられていなかったということがわかったのは、二人して夕日よりももっと赤い顔で、明里が落とした人参や玉ねぎを拾い集めることになった頃だった。


10. 早とちりから始まる告白プライスレス



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