高校最後のHRが終わって外に出ると、雲ひとつない青空と春色に染まり始めた風と、歓声、泣き声、笑い声、シャッターの音、色々なものが押し寄せてきて、不覚にも涙がこぼれそうになった。

 

 

 

08 約束のかわりに

 

 

 

卒業アルバムを広げて、梨恵ちゃんと優ちゃんからのコメントをもう一度読む。

卒業式終わってすぐの喧騒は大分落ち着き、ひとみが座っている校門横の花壇の周りには別れを惜しむ同級生が5人と後輩達と写真を撮っている子が何人かいるくらいだ。もうほとんどの子は3年間を過ごした校舎を去り、友達同士で出かけているか、解禁になるカラーリングをしに行っているか、家族とご飯を食べに行くかしているのだろう。

そんな中花壇なんかに腰掛けて、独りぼっちで楽しそうな皆を見送ったのは、一緒に帰る人がまだ用事が済んでいないからだ。

「すいません!先輩、写真お願いしていいですか?」

そう言って渡された使い捨てカメラを受け取ってファインダーを覗く。四角く切り取られた世界の中で、涙目になっている同級生の女の子とその両側に立つ後輩の女の子2人。両方から彼女の肩を抱いて思いっきりの笑顔。ああ、花束を持った彼女はまた泣きそうになっているみたい。「はい、チーズ!」とお決まりの掛け声でシャッターを押した。

 

 

コメントを5回読み直して、梨恵ちゃんのコメントに笑ったり、優ちゃんのイラストに感心してみたりしたけれど、まだまだ待ち人は現れない。

「はあ……。まあ、こうなるだろうとは思ってたけど。」

ぱたんとアルバムを閉じてそろえた膝の上に置いて、空を見上げた。

HRが終わると同時にやってきた、有無を言わせぬ迫力の女の子達の群れに(あれは群れ以外に表現方法がない)あっという間に連行されていった雅紀は、今頃告白の嵐の渦中にいるか、ボタンやネクタイ、ありとあらゆるものをもぎ取られているところなのだろう。

「……私にも何か残しといてくれるのかな…。」

つい、そんなことを考えてしまう。彼女なんだからいいじゃないとか言われそうだけど、乙女チックだと分かっていても第二ボタンとかネクタイとか欲しいものなのだ。

「照れずにちょうだいって言っておけばよかった。」

こうなるだろうと予想を立ててから実際に卒業式を迎えるまでにはかなり猶予があって、その間にデートすることだって一緒に勉強することだってたくさんあったのに。どうしても恥ずかしくて言えなかった。…言った後からかわれるだろうことも予想がついていたし。

先輩のボタンもらっちゃった!とかもうこれ宝物!とか言ってネクタイを抱き締めている女の子達もたくさん見送った。いいなあーと思いつつ、雅紀のネクタイを締めている子なんて、居たら思わずネクタイを引っ張って首を絞めてしまいそうだ。

「はあ…。私いつからこんな嫌な子になったんだろう…。」

独り言に返事があるはずもなく。長い間独りで居るからいけないんだと思い直し、どんな場面を見てもうろたえないぞ!と意気込んで。

いつまで待ってても現れそうにない待ち人に痺れを切らして、恐らく彼が引っ張られていったのであろう裏庭に向かって駆け出した。

 

 

 

まもなく裏庭に到着したひとみが見たのは、女の子に囲まれている、ボタンもネクタイもなくした雅紀の姿。校舎の陰からその様子を伺いながらひとみはやっぱりな…と肩を落とした。ああ、高校3年間を共に過ごした小物達は一体どの子の手に渡ったのだろうか。

と、溜息をついていると、すっと顔を上げた雅紀と目が合った。少し見開かれた目はすぐに笑みを形作る。にっこりじゃなくて、ニヤリ…って感じ。

とそこまで考えてはっとする。気付かれちゃったよ〜。

ひとみが独りで壁の後ろで赤くなったり青くなったりうろたえている間に、ほぼ膠着状態にあった群れに動きがあった。

 

「俺、待たせてる人が居るからそろそろいいかな?もうあげるものもなくなっちゃったし。」

「え?でも…。」

反論しようとする女の子達の間をすり抜けて、「みんなありがとな!高校生活、頑張れよ!俺も楽しかった。」

そう言って走ってきた雅紀は驚くひとみの手を取って、思い出溢れる母校から巣立っていった。

 

 

 

「はあはあ…。ま、雅紀君、どこ、まで行、くの……!」

「ん?もうちょっとかな。俺、やってみたいことがあったんだよね。」

普通に雅紀が走るスピードよりはずっと遅いんだろうけど、ひとみにとっては十分速い。学校から出てすでに結構走っている。

(やってみたいこと?何だろう…。っていうか…疲れた…!!)

 

 

 

ようやく雅紀が立ち止まったのは一軒の家の前。ここに何が…?と思いながらも息を整えるひとみの隣で雅紀はインターホンを押す。

「あ、先輩、そこの中の使っていいっすよ!」出てくるなりそう言ったのは、サッカー部の後輩?「サンキュ。ちょっと借りるな!」なんだかニヤニヤとしていた後輩との話が終わったようで、どんどんと人の家の車庫に入っていく雅紀。わけが分からないまでも後輩に会釈をして雅紀を追いかけた。

一人話に着いていけないひとみは、自転車の横に立つ雅紀に疑問の視線を投げかける。

 

「ほら、後ろ乗れよ。行こうぜ、最初で最後の、制服で自転車デート!」

 

 

 

いつもよりも早く後ろに流れていく風景を見ながらひとみは納得した。

雅紀君は知っていたんだ、私が自転車二人乗りに憧れてたこと。一緒に歩く、マンションへの帰り道で、二人乗りしているカップルを羨ましそうに見ていたことを。やっぱり意地悪なこともあるけれど、自分のことを見てくれているんだなと嬉しくなって。

腰に回した手に力を入れると、少し笑った気配がして。お腹の前で重ねていた手にもうひとつ手が重なるのを感じた。

 

 

いつもの行動範囲からは少し離れたところにある土手を自転車で走って、手を繋いで駆け下りた。夏の方がよかったなあ、なんてあなたは言うけれど、嬉しさで暑いくらいだよとひとみは思った。ああ、高校生から卒業したら、こうやって一緒に帰ることもなくなるんだよな、と寂しくなる。流れてゆく川を見ながら、過ぎ去ってゆく時間を感じた。

「ひとみ。」

二人で草の上に腰を下ろしてしばらく呼吸を整えて。呼ばれて隣を見ると、突然何かが首元に触れた。

「……!?これ…!」

ひとみの胸元で光を放つのは細いチェーンとすっかり見慣れたもの。

「もしかして別に欲しくなかったかな?」

全然そう思ってなさそうな口調で聞いてくる。

「もう、そんなわけない!嬉しい…。」

ペンダントトップになっているボタンを掌に包んで抱き締める。少しばかり…いやかなり翻弄されているなと思うけれど、それでもいいと感じてしまうほどに、やはりどうしようもなく好きなんだろう。

 

 

「高校卒業して、大学生になって離れたところに通っても、ずっとその先も。離す気ないから覚悟しといてね。」

そう言って意地悪な顔で笑うけれど、頬が少しばかり赤くなっていて。

二人を包む風が優しさを含み始めたこの日を、決して忘れることはないだろうと思った。

 

 

 

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第一回チャット記念星月 雫さんリクエスト作品。

カップリング 華原×ひとみ
内容 卒業式の話で、華原が告白されまくっていてそれに対してひとみが落ち込むとか嫉妬する話。

というリクエスト内容でした。
華原の告白シーンを削ってしまった上、落ち込むとか嫉妬するとかいう要素が薄くなってしまいました。
なぜならばそれは、私が自転車デートをさせたかったからです!
…すいません。

リクエストありがとうございました!

 

 

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