16 大丈夫

 

 

さらりさらり。

指どおりのいい滑らかな髪に指を通す。ひとみの膝に頭を預けている雅紀はされるがままだ。髪の束を指に絡めてはこぼれていく感触を楽しみながら、雅紀の横顔を眺めていた。

 

ひとみが雅紀に、子が出来たことを告げたとき、彼は取り繕うことも出来ずに凍りついた。それはある程度予想していたことだったけれど、それでもひとみの胸を確かに抉った。

雅紀が子どもを作ることを恐れていたことは分かっていた。けれど愛する人の子どもを望むことを、ひとみは諦められなかった。恋人から夫婦になって、これまでに幾度となくそのことについて話していて、雅紀も次第に心を溶かしていっていたはずだった。けれど実際に目の前に突きつけられると、頭と心は一致しなかったらしい。

 

どこか一点を見つめていた雅紀がごろりと寝返りをうって、ひとみの腹の方へ向き直り、そうっと腕を回してきた。ひとみのつわりが治まった頃から、雅紀は以前よりも甘えるような行動をとることが多くなったように思う。そんな時、ひとみはそっと傍に居る。

すっと雅紀が腹に耳を寄せる。ひとみは少しくすぐったくて、ふ、と笑みがこぼれてしまった。

「まだ聞こえないでしょ?」

「うん。でも確かに居るんだよな。育ってるんだよな…。」

不安を含んだ表情と固い声音。こんな時、寂しさを感じずにはいられない。けれど他の人と結婚すればよかったなどとは決して思わない。この人の子だから欲しいのだと。

「…お前はいい母親になるだろうけど、きっと俺はいい父親にはなれないよ。」

ポツリと呟いた言葉に、寂しさと痛みを覚えた。『いい夫がいい親になれるとは限らない。そもそも俺はいい夫ですらない。』というのは雅紀の言葉で、前半は確かに否定できないと思う。けれど雅紀がひとみにとって唯一で最愛の夫であることは間違いない。その言葉を聞いたとき、結婚してからひとみが本気で怒ったのはまだ遠い昔のことではない。

「俺は子どもを愛せるのかな…。」

まだぺたんこのひとみの腹に顔を埋めてうめくように言った言葉は、雅紀の不安の正体だった。苦しそうに絞り出したその言葉に胸が締め上げられるような切なさを感じた。

「………私のこと愛してる?」

そっと頭を撫でながら投げかけた唐突な問いかけに、雅紀が顔を上げた。

「当たり前だろ。」

少しの間を置くこともなく返ってきた答えに満足して、ふわりと微笑んだ。

「うん。私も。私もすごく愛してる。だからこの子のこともすごく愛してるし、早く会いたい。それは他の誰でもなくて、雅紀くんの子どもだからだよ。」

「………。」

「それにこの子も、雅紀くんのことを愛するし、信じるよ。だって私の子どもだもん。雅紀くんのことを好きにならないはずない。

だから雅紀くんも信じて。この子が信じられる子だって。愛せる子だって。」

驚き目を瞠る雅紀の額にキスをした。

「…息をするのと同じくらい、自然なことなんだよ。私があなたを愛するのは。きっとこのドキドキする気持ちもこの子に届いてるから。」

開かれた雅紀の目が、一層見開かれて。そしてそっと閉じられた。

「ふ、ふふっ。」

「!?な、何で笑うのー!一生懸命言ったのに!」

笑いを堪えきれない雅紀に、今更照れたひとみはぷいと顔をそらした。赤く染まる頬を下から見つけて、胸が温かくなる。

「いや…。何年経っても結局お前には敵わないなと思ってさ。……ありがとな。」

伸びてきた腕に頭を引っ張られて。

今度こそ、唇に触れた。

 

「生まれたら、きっと私が嫉妬するくらい子煩悩になるよ。」

本気でそう思っているらしいひとみに、告げた。

 

「お前がいつでも1番に決まってるだろ?もちろんお前の1番も譲る気ないから。」

ちゅ、と音を立てて再び重ねられた唇に、やっぱり最後は勝てないじゃない、と心の中で溜息をつきながらそっと瞳を閉じた。

 

 

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キリ番40000番 紫さまリクエスト

カップリング 華原or兄or先生
内容 ヘタレとしっかり者。ひとみが殿方を叱りつける。

というリクでした。ありがとうございました!

がしかし、ひとみ叱ってる…?叱ってるというより諭してる…?
ヘタレとしっかり者っぽくなってるでしょうかねー?
私の中の華原像はゲーム中の黒い感じではなくて、どちらかというとED数年後の二人で乾杯してる時のイメージに近いですね。
カップリング候補は3人居ましたが、やはり愛と書きやすさで華原に。

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