20.いとしい
「身長何センチ?」
「ん?4月の身体測定では去年より2センチ伸びて183センチだったと思うけど。どうしたの?」
前振りのない唐突な問いかけに疑問符を浮かべながら雅紀は答えた。
受験に追われながらも手を繋いで一緒にマンションへ帰る。
こうして通学路を二人で歩くのももうすぐ1年になろうとしていた。
如月に入ったばかりの今日もまだまだ寒くて、手袋もつけずに繋いだ指先も冷え切っている。
それでも繋いだ手から幸せが広がるようで、手袋をつけないのは二人の暗黙の了解だった。
「ちょっと参考にね。」
1段分くらいかなーとボソリとつぶやき、いたずらっぽく笑う彼女は2年になったばかり頃とは比べ物にならないほど細くて、さらには寒さに弱くなっていた。
冷たい風にふっくらとしたほっぺたも小さな鼻の頭も赤くする様子が可愛いなどと考えてしまうのは欲目だけでは無いと思う。
夏の間は暑いからと言ってアップにしている髪も寒くなるにつれて下ろしていて、風に揺れている。
冷たい風に攫われた彼女のマフラーの端っこを巻きなおしてやりながら、雅紀は何の参考だろうと考えていた。
さっぱり分からない。
「何の参考?」
「ふふ、内緒。いつも雅紀くんに意地悪されてるからたまにはね。」
「心外だな。俺は意地悪してるつもりなんてないんだけど。ひとみのことを心底可愛がってるだけだよ。」
といいながらぷっくりとした唇を奪う。
驚き、顔を赤くしながら、誰が見てるか分からないのに!そんなところが意地悪なんだと騒ぐ彼女を笑って見つめる。
こんな時間がずっと続けばいい。もうすぐ離れ離れになってしまうことに雅紀自身も不安を感じていた。
可愛い彼女を持っていることは嬉しいが、可愛くなりすぎた彼女のことが心配だ。
自分のいないところで変な虫がついたらと思うと気が気じゃない。
マンションに着き、いつものようにエレベーターのボタンを押そうとすると
「ね、今日は階段で上がろうよ。」
とひとみが声をかけてきた。
いつもは少しでも早く部屋に戻ってコタツに入ろうとする彼女の言葉とは思えない。
「どうしたの?」
「ん?たまにはいいかなって。ダメ?」
可愛い彼女のささやかなお願いだ。ダメなわけがない。
これから受験本番だね。そうだね。なんて会話を交わすうちに雅紀の部屋がある階に近づいていた。
「ストップ!」
え?と思いながら雅紀が立ち止まるとひとみが一段踏み出した。
ちゅ。
「えへへ。いつも奪われてばっかりだから、仕返し!」
赤い顔でそういいながら、自分の部屋へと上の階へ駆け上がっていく。
彼女の翻るスカートを見、初めて彼女から奪われた唇を押さえながら雅紀は赤い顔で立ち尽くすのだった。
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