戦場を駆け抜けろ!
世間一般に甘い空気が漂う2月14日。
しかしそんな日も華原雅紀にとっては戦場以外の何物でもなかった。
学園No.1であった一ノ瀬先輩、No.5の神城先輩が卒業したために、学園No.5はNo.3に減りNo.2であった雅紀は必然的にNo.1になった。
人数が減ったことで人気は集中し、彼女が出来たことを公言してはばからない雅紀であったが、逆にそのせいで残ったのは幸か不幸か熱狂的ファンであった。
恐らく今年のバレンタインは『彼女がいても構わない!私の気持ちを受け取ってさえくれれば!』とかいう鬼気迫る女子が群がるであろうことが大勢の予想であった。
この日のために前々から雅紀は、好きな子以外は眼中なし!学園No.2の深水颯大、これぞ硬派!学園No.3の橘剣之助とともに逃走ルートの打ち合わせをしたりしていた。
とりあえず3人ばらばらに逃げる。マンションへこっそり戻る方法などである。
ついでに面倒なものを置き逃げされないように、マンションの郵便受けは板を打ち付けて塞ぎ、学校の靴箱は目くらましのためにクラスメートとシャッフルし、学校のロッカーはガムテープでぐるぐる巻き、机は教室移動の時は持ち歩くなど抜かりなく準備をしていた。
それでもやはりこの日に全てを賭けた女の子のパワーには勝てなかったのである。
人前ではあくまでも優しく爽やかな華原君を見事なまでに演じている雅紀は、強い言葉で断ることが出来ない。
そのためさっきから堂々巡りなのだ。
俺、彼女いるからもらえない。
捨ててもいいから受け取るだけで!だから・・・・!
こんな調子である。
以前の雅紀であれば、ありがとうと爽やかに微笑みながらも受け取って、本当に後で捨てていたかもしれない。
けれどひとみと付き合いだして、今だひとみ以外は信用できず大切なのはひとみだけなのは変わらないのだが、ひたむきな気持ちと言うのを少し見直し始めていた。
雅紀に向ける恋愛感情が、本当の雅紀を見ていないからだということを考慮に入れた上でもその気持ちを捨てることに多少なりと罪悪感を感じる程度には。
しかしそれでも苛々とする気持ちは抑えられなかったのだが。
(はー。うざったいな。何回言ったらわかるんだ、こいつら。
早くひとみからもらいたいっていうのに。こいつらと過ごす時間がもったいないよ。)
上辺を繕うことをやめるつもりはない。まだ。
でも酷く疲れることがあるのだ。苛々して心を覆っていく黒い感情を抑えることが出来ない。
もちろんそれを表に出すことは無かったが。そんなことは雅紀のプライドが許さなかったし、目の前の人間達は雅紀にとってそれだけの価値はなかった。
そんな風に疲れて黒い感情が自分を塗りつぶそうとしている時、とてもひとみに会いたいと思う。
彼女にそのことを言ったことはないし、ただいつものように彼女と共に過ごしているだけなのだが、すっきりするのだ。
まるで雨上がりの虹のように。
笑顔を作りながらもそんなことを考えていたら、会いたくて会いたくて仕方なくなってきた。
ひとみと付き合ってから、自分にもこんな強い感情があったのかと驚くことが増えた。それは雅紀にとって、照れくさいが嬉しい驚きだった。
「ごめん、とにかく受け取れないんだ!ほんとごめんね!」
最後まで笑顔を絶やすことなくそう言って、女の子たちを振り切って走る。
当然サッカー部随一のスプリンターに敵う女の子なんていなくて、あっという間に引き離すことに成功した。
なんだ、最初からこうすればよかったなんて考えながら、打ち合わせしていた待ち合わせ場所へと速度を落とすことなく駆け続ける。
予定外に女の子に長く引き止められてしまったから、彼女は痺れを切らしているかもしれない。
いや、それでもきっと怒ったりせずに俺のことを待っていてくれるんだろう。
そして輝くような笑顔で迎えてくれるに違いない。
それは確信。雅紀の中で唯一の。
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