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※ここは下ほど新しい作品です。
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【ジル×女主人公】


決して短くない年月を同じ村で過ごしているというのに、村人達が彼女の顔をはっきりと見たのは、なんと彼女の結婚式の時だった。
それは彼女の夫となるものも例外なく、ジルは驚きに目を瞠り、これから妻となる女を上から下まで舐めるように見てしまった。

彼が、いや村人全員がこれまで見たことのある彼女といえば、顔が隠れるほどのサン・ボンネットをかぶり、サイズの少し大きなさえない色のワンピースとエプロンで、農場に生えている木の伐採に始まって広大な畑を耕し屠畜まで自分でやってしまう、屈強な(イメージの)女性だった。

だが、どうだろう。
真白なウェディングドレスに溶けそうなほど、抜けるように白い肌。深くかぶりすぎな帽子や真夏でも暑苦しい長袖であることをうっとうしく思っていたが、なるほどこの白さのためだったのだろうと得心がいった。この辺りでは珍しい赤毛もゆるいウェーブを描いて彼女を彩る。
この村における美人とはもちろんエリザベスのことを指すのだが、遠方の街では決してそうではないこともジルは知識として知っていた。
ただ知識として持ってはいても、この村の感覚としてはまだエリザベスの方がはるかに上なのだが…
『悪くないどころか…これは結構当たりかもな』
と感じる辺り、この結婚の先行きは思っていたよりずっと明るいのかもしれない。


そんなことを思いながら、ジルは彼女の手を取ったのだった。


(10.05.09)




【ジル×女主人公】

野菜のクズなんかがごったにされて煮込まれて、塩こしょうで味付けられただけの今日の昼食を胃に押し込む。
…大変塩辛い。ムセながら、固いパンを頬張って水で流しこんだ。
「ごほごほっ」
今日は一層ひどい。
さっき食事を取る時に厨房をのぞいたら、いつものおばちゃんがいなかったからきっとそのせいだろう。
まずい。そう思いながら、ジルはスプーンでまだいくらも食べていないおかずをぐるぐるとかき回した。

缶詰工場の仕事は好きだった。
製造過程の材料をより分ける楽な担当だったし、途中でこっそり失敬することもできたからだ。
ロブスターやカニなんかの時は特にラッキーだ。
それに工場は街にある。
だからいつも週末は同じように村落から出稼ぎに来ている男たちと、街に繰り出していた。
酒を飲んで、花街に繰り出したり、もしくはそのあたりで声をかけたりかけられたりすることもあった。
若い男女がそろってその後どうするかは…推して知るべし、である。
とにかくそういうことなんかがあったから、ジルはこの缶詰工場に来ることを毎年割と楽しみにしていたし、帰る時にはがっかりしたものだった。

「おい、ジル。お前明日はどうする?」
ぐるぐるとかき混ぜて、より一層まずそうな食事を前にした彼に声を掛けてきたのは、毎年ここで一緒になる南の方の村から来ている男である。
明日、というと週末である。明日は仕事が昼で上がりで、翌日が休みになる。
例年ならばこの男と一緒に遊びに行くところである。
だが今年は去年までとは事情が変わったのだ。
「明日は家に帰るわ」
そう言ったジルに男は驚いた顔をしながら、前いいか、と尋ねた。
「お前今まで工場に来てる時帰ったことなんかなかったのに、どしたんだ?つーか、メシがひどいことになってんぞ」
友人はジルの前の椅子に腰を下ろした。
「いや、まずくて食えそうな気がしない」
ぐるぐるされたおかずは、もはや原形をとどめていない。
まじかよ、と呟いて男は食事を口へ運んだ。
「なんだ、まずくねーじゃん。俺、結構食事楽しみにしてんだよな」
とばくばくと食べ始めた。
そういや俺もいつもはそうだったな、とジルはぼんやりと考える。
「お前いつもよく食ってたのにどうしたんだ?…あ、そういやお前とうとう結婚したんだっけ?」
「おう」
「相手ってお前がずっと言ってた憧れの人か?」
「いや」
「あ、そーなんだ。でも帰りたいってことは、結構うまくいってんの?」
ジルはぐるぐるするのをやめて、ようやく友人の顔を見た。
そして考えた。
喧嘩らしい喧嘩は、まだしたことがない。
ときどき彼女がジルのそっけなさに対して少し拗ねてみたりはしているが、それが喧嘩に発展するようなことはない。
昼に何かあってもなんだかんだで夜が来ればうやむやになるのだ。
彼女を朝まで離さず、翌日仕事にならなかったと赤い顔で言われたことも1度や2度ではない。
彼は経験豊富、とまでは言わないまでもそれなりに女性経験があったしそれほど性欲が強い方でもなかったと思っていたのだが、彼女を前にすると理性が効かない。溺れている、と言われればそうなのかもしれない。
うまくいっている、というのがどういう基準なのかは分からないが、うまくいっていないことはないと思う。
やることやっていれば子ができるのも当然の流れで、妻の腹にはすでにジルの子が宿っている。
工場に出稼ぎに出てくるとき、妻の腹は膨らみ始めたくらいだった。
次第に膨らんでいく様子を見ながら、何やら嬉しいような切ないような不思議なような気持ちになりながら、同時に早く出てこい、と思う。
子に障らないように、優しく抱くのは苦手だ。
出てくるまでにまだ半分近い期間を残しながらも、ジルの禁欲はすでに限界を迎えそうだった。
「たぶん。子もできたしな」
回想を終了し、もうすでに半分近く昼食を平らげている同僚に告げる。
「へえ!まーいいよな。俺ももうすぐ結婚させられそうだからさ、独身のうちに遊んどこうかと思ってさ」
「相手は?」
「幼馴染だよ。特に別嬪でも豊満でもないんだが、奥さんにするんならあいつだな。まあ、…出稼ぎに来たらお前と違って浮気しちまうかもしれねーけど」
「まあ、ばれない程度にしろよ」
そう言って初めて、ジルは自分に浮気する、という選択肢がないことに気がついた。
他の女を、とは今は全く思えなかった。

明日は仕事が終わったら、すぐに帰ろう。
きっと彼女は喜んでくれるだろう。
あの向日葵みたいな笑顔で、おかえりと言ってくれるだろう。
彼女の食事が恋しい。笑顔が恋しい。彼女が恋しい。

味のないパンに、塩辛いおかずをはさんでなんとか食べきってジルは席を立った。
「じゃ、先に戻るぞ」
時計を見て、にわかに慌て始めた同僚を置いて、ジルは食堂を出た。


(10.05.16)





【ジル×女主人公】

乳を飲み終えてうとうとし始めた子をベッドへ下ろすと、少し離れたところからずっと眺めていた夫が近寄ってきた。
そして赤子のそばにしゃがみこんで、またじーっと見つめて、それからようやく小さな手のひらを指先でちょいちょい、と触った。
この人はどうやら小さな子に慣れていないようで、まだおっかなびっくりといった様子でわが子を構う。
この子が生まれた時の動揺ぶりを思い出すと、くすりと笑みがこぼれるのを止められない。
いつもぶっきらぼうで、感情の起伏が少ない彼のあんな姿を見たのは初めてだった。
そして今も、反射で彼の指先をきゅっと握ったそのもみじのような小さな手を見つめて、顔を赤くして目を見開いている。
こころなしか目が潤んでいるようにさえ見える。
そんな彼の表情が、なんだかかわいくて、私はさらに笑みを深めた。

…この人は、きっと、いい父親になるだろう。
頑張れ、新米パパ。


(10.5.31)