蒼天の彼方 -Short Story- →Back
※ネタばれ配慮していません。ご了承のうえでお読みください。
【燕堯×愛麗】ED後
ふう、と意識が浮上した。
まだうっすらともやがかかったような眠たい目をそっと開くと、まず目に入るのは筋の浮いた太い首、しなやかな筋肉のついた肩口。視線を上へやると、少し硬い短い髪の毛と日に焼けた端正な顔立ちが見えた。
気配に敏い彼も、彼女が少し目を覚ましたくらいでは気づかないようで、変わらず規則的な寝息が聞こえるばかりだ。
昔は眠りから突き落とされるような感覚だった夢からの覚醒は、今ではとても優しい。もう悪夢を見ることはない。夢はいつもふわふわとしたやわらかな綿のように、彼女を包み込む。
愛麗は、恐ろしい夢や、刺すような冷えた夜の空気や、些細な彼女の心配事や。そんな全てのことから守るように彼女を抱きしめる、彼の硬いけれど温かな腕に触れた。
彼と過ごすただ穏やかに過ぎていく日常が、彼女にとって一番の宝物だ。
どうか、どうか、旦那様とずっと一緒にいられますように。
そう願いながら彼女は少しだけさっきよりも寄り添って、もう一度瞳を閉じた。
きっとまた夢の中でも彼に会えると確信しながら。
それに応えるように、夫の手が彼女の冷えた肩口までそっと掛け布を引き上げた。
(09.07.29)
【太星×愛麗】ED後
母から渡されたお使い用の紙を開くと、そこにはよく見る日用品と食料品の名前ばかりが並んでいて、私は人知れず溜息をついた。
ああ、これでは今日もあの店に寄ることができないではないか。
私がその店を見つけたのは、もう1週間ほど前になる。
遠目にも目立つ露店には、きらびやかな装飾品や絹糸、この辺りでは見かけない食料品など、異国からの商人だとわかる品々が並べられてあった。
しかし異国からだろう、と思ったのにはもう一つわけがある。
褐色の肌の店主の風貌もこのあたりではほとんど見かけないし、それにいつも一緒に露店に座っている、おそらくは彼の妻もこの辺りでは見かけない容姿をしているからだ。
白い肌に艶やかな黒い髪、とびきりの美人というわけではないが清楚でかわいらしい雰囲気の女性だった。おそらくここよりももっと東の方から来たのだろう。私は、ここより他の国のことはよく知らないけれど。
長い坂道を登りきると、いつも買い物をする大きな市場に着いた。
上がった息を整えながら、紙に書かれた品物を順に買っていく。
最後の品物まで買ってしまうと、思った以上に大荷物になってしまった。けれどどうしても気になって、思い切ってあの店に足を向けた。
財布に僅かばかり入った、母からもらった駄賃を握りしめる。こんな額ではあのお店では何も買えないかもしれないけれど。
でももう少し近くで見てみたくて、私は広い市場を横切った。
その店は今日はあまり人がいないようだった。
妻は美しい蒼の巾着に白い絹糸で刺繍を施しているようだ。彼女の刺繍の入った小物や服も、店にはいくつか並んでいる。刺繍はどれも美しく、きらきらとした装飾品の中にあっても見劣りしていない。
その隣で、店主が座って妻の手元を見ていた。
彼が妻を見つめる目はとても優しい。そうして話しかける店主に、妻もやわらかな笑顔を向けていた。
温かく穏やかな空気。
二人の周りだけ色づいて見えるように思うのは、きっと私の気のせいだと思うけれど。
今度はきっと、お小遣いを全部持って来よう。
そうしたらあの小さな巾着を買おう。
優しい空気の中で作られたそれは、きっと私を幸せな気持ちにしてくれるに違いないから。
そう心に決めて、私は家へと続く坂道を思いきり走り下りた。
(09.07.29)