その日は暇で。
なんとなくどこか行きたい気持ちになって、バーゲンをひやかして帰るところだった。
目の前の光景に、私は今日最下位だったテレビの星占いをぼんやり思い出していた。
11.やさしいふりでもいい 後編
華原くんはみんなに優しい人だった。
春、入学のオリエンテーションで。
引っ込み思案でなかなか友達を作れない私に対しても気さくに話しかけてきてくれて。
由佳里と絵美と仲良くなったのも華原くんが彼女達に仲間に入れてくれるよう一声かけてくれたからだった。
すっごいかっこいいね。しかも優しいね。なんて話でその後盛り上がったっけ。
夏の満員電車のなかで。
私はバイトに向かうところだった。
友達の代わりに行くことになったから、いつもは乗らない時間に電車に乗った。そしたらものすごく混んでて。
案の定痴漢にあった。
気持ち悪くて、でも怖くて、周りの人を見てみたけど全然誰も助けてくれる様子はなかった。
嫌で嫌でどうしようって思ってたとき、華原くんがさりげなく助けてくれた。
私が恥ずかしくないようにかな、周りの人にわからないようにそっと痴漢の人から引き離してくれたんだ。
好きな人に痴漢から助けてもらうなんて、本当にあるんだななんてことを考えながら、もっと彼のことを好きになってしまったっけ。
秋の図書館で。
彼が獣医学の勉強をしているところに偶然居合わせた私は、愛犬の話を聞かせてもらえた。
彼が本当に動物が好きで、獣医になりたいと思ってるんだってことを知ることが出来た。
シュタインのことを話す彼はキラキラしていて。
そのお日様みたいなキラキラの笑顔にドキドキしたことは私だけの秘密なんだ。
こんなに人を好きになったことは初めてだった。
彼女がいても関係ないって。彼女との仲を裂きたいと思ってたわけじゃないけど、もしかしたらって思ってた。
告白したら、もしかしたら上手くいくこともあるんじゃないかって。
でもそんな気持ちは叶わないんだって知ってしまった。
帰りの電車は殺人的だった。こんなに混んでる電車初めて乗ったよ。
でもどうしても見たいドラマがあって、それに間に合うにはこれに乗らなきゃいけなかった。
やだなあ・・・と思いながら乗ったけど、運良く座ることが出来て、ルンルン気分で周りを観察していた。
あれ・・・?あの子、痴漢にあってる!?
以前にあった痴漢のことを思い出して、少し気持ち悪くなってきた。
助けなきゃと思うけれど、この混みようじゃ動けないし怖くてできない。
女の子もどうにかそこから動こうとしているみたいだけど、人が多くてそれも出来ないみたい。
どうしよう、どうしようと思いながら駅に着いた。
乗ってきた人を見てみると華原くんがいた。なぜかものすごく息を切らしているけど・・・。
華原くんは辺りを見回すと急に険しい顔になって中央付近へと向かっていく。
あ、あっちはあの子がいた方向・・・。
私のときみたいに助けるつもりなのかなあ。やっぱり華原くん優しい。
「ひとみ!・・・・オイ、人の女に何してる。」
・・・・・・え?
主要な駅に着いてさっきより空いている電車の中で、華原くんが女の子を痴漢から引き離す。
え・・・?もしかしてあの子が・・・。
「ま、雅紀くん・・・。」
華原くんの腕の中にすっぽりと納まっている小柄な彼女は彼を見上げてホッとした表情を浮かべている。
華原くんのあまりの気迫に押されて、痴漢の方は哀れなくらいうろたえているが自業自得だ。
そうするうち、私が降りる駅に着いた。
華原くん達もここで降りるようで、痴漢を連れて電車から降りている。
ああ、あの人駅員さんか交番に突き出されるんだろうなあ。なんてぼんやりとした頭で考える。
駅員さんに痴漢を引き渡した後も、方向が同じなようで私は華原くん達の後を歩くことになってしまった。
華原くんは全然私に気付いていないみたい。
少し後ろを歩いているのに。
聞きたくないのに、彼らの声が聞こえてしまう。
「・・・だから電車で来ちゃいけないって言っただろ。」
「だって・・・。雅紀くんがバイト終わるの遅くなるって言ってたから。ご飯作って待ってようと思って。
電車以外に交通手段がないんだもん。この時間がまさかあんなに混んでると思わなかったし・・・。」
「あー!あの男、公衆の面前じゃなかったらボコボコにしてやったのに・・・。」
「そ、それはやりすぎ・・・。」
「それくらいムカついたんだよ。俺のひとみに触りやがって。」
「あう・・・。ご、ごめんね。
そ、そうだ。この線て痴漢多いの?私初めて遭ったんだけど。」
「あー、前に何度か見かけたことあるな。そん時は痴漢から離してやるくらいで駅員に突き出すまではしなかったけど。
・・・お前以外は別にどうでもいいしね。」
その言葉を聞いて私は頭が真っ白になったような気がした。
彼が言ってるのはきっと私が痴漢に遭ったときのことだろう。
・・・あれは、さりげなく離してくれたのは彼の優しさからではなかった。
ただ、私のことはどうでもよかったから。同級生だったから一応助けてくれただけだった。
ただ・・・彼にとって、めんどうなことに首を突っ込むほどの価値が私になかったからそうしたんだ。
手を繋いで話しながら角を曲がる二人の姿を歪んだ視界で見送った後、家に向かって走り出した。
そうしないとみっともない顔をさらしそうで。
玄関のドアを閉めると同時に頬を温かいものが流れ落ちた。
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