俺だってそんなモテないわけじゃなかったし、自慢じゃないけど高校時代は彼女が切れたことだってなかった。

だから、どこかで自惚れていたのかもしれない。

 

 

 

届かない距離 前編

 

 

 

大学に入って3ヶ月。すべてが珍しく感じた時期も過ぎ、部活の勧誘合戦も落ち着いた頃。専門科目もまだほとんどないし、一般教養はつまらない。だから授業はほとんど寝ているか代返を頼むか、かろうじて出席していてもぼんやりしていることが多かった。

とりあえず部活はめんどくさかったから適当なサークルに入って、それなりの学生生活を送っていたし、サークルの中にもたぶん俺に気があるんだろうなと感じる女の子もいて。そこそこかわいい子だったし、まあタイプと言えないこともなかったから、その授業中にも彼女から来た、遊びに誘うメールに適当にOKの返事を返していたところだった。

 

 

あの…。次先生に当てられるよ。

「え?」

空いた隣の席の向こうからそう小さく囁いてきたのは知らない女の子。とはいえおそらくこの英語の授業の初期から同じクラスだったんだろうけど、特に周囲に注意を払ってもいなかったしそもそも授業に出ている回数自体が少ない俺には初めてまともに顔を見た子だった。

そういえばこの授業は答えるのが順番に回ってくるって言ってたっけ。

(げ、やばい。全然聞いてなかった。)

今教科書のどこをやっているのかすらも分からない。

内心焦りながら教科書をめくっていると、その女の子がそっとページ数を教えてくれた。しかしそのページを開いてみたものの全然分からない。そうする間にも前のやつが答え終わっていた。

(マジでやばい。この先生嫌味がすごいって言ってたしな…。)

こんなところで恥をかくのはごめんだ。そう思いながらも焦っている姿をさらすのがかっこ悪くて、近くにいる男友達に答えを聞こうかとしたときだった。

 

すっと横から差し出されたノート。桜のような薄いピンク色のノートに小さめな整った字で、今進められている授業の予習がされている。ひよこのマスコットがついた黄色いシャーペンの先でそっと示されているのは次に俺が当たるところの答えだった。

驚いて隣を窺うと、さっきの女の子が小さく、ここだよ、と呟いた。

 

 

「あの…!さっきはありがとな。助かった。」

授業が終わって混み合っている教室を出たところでさっきの女の子を探して呼び止めた。

「あ、ううん。答えられないとあの先生かなりうるさいから。」

振り向いて少しずり落ちていたトートバックの紐を肩にかけなおしながらそう言った女の子は、まじまじと見るととてもかわいかった。さっきも見てなかったわけじゃないけど、当てられるという焦りからあまり注目して見れなかったんだよな。

授業内容結構難しいから予習しておいたほうがいいかも、といたずらっぽく笑って言う彼女のことが、なぜだろう、その時もう気になり始めていた。

 

 

 

次から英語の授業だけは必ず出るようになった。俺が毎時間きっちり出席していることに、いつも代返を頼んでいた男友達が最初驚いていたが、俺が彼女と話しているのを見て納得したらしい。どうやら彼女は授業が始まった頃からずっとその席に座っていて、俺は気付いてなかったけど、周りの男達の間ではかわいいと噂にもなっていたようだった。

授業に関して言うと、結構難しいといった彼女の言葉は嘘じゃなくて、実際高校を卒業してから3ヶ月間も英語の勉強をまともにしていなかった俺には半分も解けなかった。その度にいつも同じ席に座っている彼女にこっそり聞いたりして。いつも彼女は呆れたように笑いながらも、綺麗にまとめられた桜色のノートを俺のほうにずらしてくれるんだ。

 

彼女の名前は桜川ひとみ。2回目に会った時に軽く自己紹介し合って分かった。残念ながら俺とは学部が違っていて、それどころか専門はキャンパスも別々だった。教養科目だけ同じキャンパスに通うことになるようだ。そのことに結構ショックを受けながらも、英語の授業では友達が誰も同じクラスにならなかったからいつも一人なの。と少し寂しそうに言ったことに、不謹慎だがその友達がこのクラスにならなかったことに本気で感謝した。以前の俺ならたかがこれくらいで、という感じだが、最近は食堂などで会うと挨拶してくれるようにまでなったことが嬉しかった。

 

 

「お前変わったよなあー。」

「んあ?何だよ突然。」

彼女と会えて、ラッキーな昼休みだと思いながら昼食を取っていると、一緒に居た昇がそんなことを言ってきた。

「だってよ、最近全然女の子と遊んだりしてないじゃん。前は来るもの拒まず去るもの追わずって感じのプレイボーイだったくせによ。あのサークルの女の子とももうメールのやり取りとかしてないんだろ?結構かわいい子だったのにさ。」

「あー。まあ、もうどうでもよくなったんだよ。」

半分くらい昇の言葉を聞き流しながら定食の唐揚げに箸を突き刺した。

「あの子だろ?」

そう言って昇が視線を向けたのは窓際の席に友達と座っている彼女だった。

「かわいいよな。お前がおかしくなったっつーからどんな女に引っかかったのかと思ったけど、あの子なら分かるわ。」

「……オイ、手出すなよ。」

ヒュウと昇が短く口笛を吹いた。

「……お前がそんなこと言う日が来るなんて思わなかったぜ。はいはい、俺は手は出しませんよ。もっと大人っぽい女のほうが好みだしな。…お前もそうだと思ってたんだけど。本気と遊びは違うんだねえ。」

降参するように両手を軽く挙げながら言う。うるせーよ、と小さく口の中で呟いて唐揚げを飲み込んだ。

 

 

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