特に彼女が嫌な顔をしたことはなかったし、いつも彼女が一緒にいたのは女の子だったから、俺は勘違いしていたんだ。

だから気付かなかったんだ、俺と彼女の気持ちがこんなに離れていたことに。

 

 

 

届かない距離 後編

 

 

 

「あ、こんにちは。」

「おう。今から英語だよな?わかんないとこあったら今日も頼むな。」

ふざけながら軽く拝むように言った俺を見て彼女はころころと笑い声を上げながらしょうがないですね、って言うから。

いつも一緒に居るのが女友達だったし、サークルなんかにも入ってないって言うから。

きっと一番近い位置にいる男は俺なんだろうとささやかな優越感を感じていたんだ。柄じゃないけど、幸せだったんだ。

 

 

授業が始まる前で人がまばらに集まり始めている。窓から差し込んでいる暖かな日差しとちょうどよく膨れたお腹が間違いなく眠気を誘いそうな午後だった。

「あー、天気いいなあ。」

机につっぷしながら窓際にいる彼女の方を向いて思わずそう呟いた俺に、相変わらず空いてる席をはさんで俺の隣の隣に座る彼女は目を少し細めながら窓の外を見て、そうですねと微笑んだ。

背筋を伸ばして空を見上げるその横顔がとてもきれいで。ひどくまぶしくて。

胸の中の感情が大きく音を立てて動いたのを感じた。今までこんな気持ちになったことはない。誰か一人を見ることも、綺麗だと思うのも、側にいることが暖かいと感じるのも。

こんなに愛しいと思うのも。

 

ぼうっとしながら彼女を見つめ続けていた俺に気付いて、少し心配そうな顔をしてどうしたんですかと声をかけてくる。

…そんな顔されたらヤバい。強く抱き寄せて、離したくなくなりそうだ。

 

彼女の問いかけにはっとしながら、顔が熱くなるのを感じてとりあえず話題を探した。

「あ、桜川さんて英語得意だよな。いっつもすげー勉強してるし。」

適当な話題を見つけてできるだけ動揺しないように話しかけた。とにかく何か気をそらせれればよかった。

それなのに、この話題を振ったことをあんなに後悔するなんて。いや、今までそのことに触れなかったことに、こんなに気持ちが大きくなるまで気付かなかったことに、深く後悔することになったんだ。

 

ただ、普通の話題だったはずだ。普通にするだろ?雑談ってやつ。英語がよくできる彼女によく勉強してるねって、ただそれだけ。なのになんで彼女はいつもは薄い桃色をしている頬を赤く染めているんだろう。そんなに嬉しそうにしているんだろう。

 

「…あのね、彼氏が昔アメリカに住んでたことがあって。英語得意だからいつも一緒に勉強して教えてもらってるんだ。」

 

 

「……え?」

それは俺にとって死刑宣告のようだった。

彼女に対する深い気持ちを自覚したと同時に落ちてきたその刃に、俺は貫かれてしまった。

 

 

「この先生の授業って特に難しいでしょ?英語苦手じゃなかったけど一人じゃできなくて。困ってたら『しょうがないな』って。」

手を組んでもじもじして、えへへ、と真っ赤な顔ではにかみながらそう言う彼女は今までに見たどの瞬間よりも愛らしかったけど、俺には死の微笑だったに違いない。

…そういえば彼女のノートにあった、彼女のものとは違う流れるような筆記体。あれは。

 

「えっと、違う大学なんだけど心配してたまに迎えに来てくれたりするんだよ。

あ、そうだ。聞いてみようと思ってたことがあったの。あのね、あなたってモテるでしょ?実は彼も結構モテる人でね。そ、それでプレゼントとかたくさんもらったりするんだけど、どんなプレゼントが心に残った?参考までに教えてもらおうと思ってたんだー。

自分で考えてみたんだけどなかなかいいのが思いつかなくて。でも大好きだからやっぱり喜んでもらえるものをあげたくて。」

無邪気にそう聞いてくる彼女は酷く罪作りだ。そう思うと同時に自分の浅はかさを呪った。どうしてもっと早くに聞いておかなかったのか。こんなに重要なことを。照れ隠しのためか早口でまくし立てる彼女の言葉が心に深く突き刺さるのを感じた。

それまで暖かく包み込んでくれていると感じていた光が酷く遠いものに思え、身体が芯のほうから冷えていく。光はただ彼女だけを、彼女と彼女の恋人だけのためにあるかのようで。

 

「…さあ。俺あんまプレゼントとか興味なかったし。気持ちがこもっていれば何でも喜んでくれるんじゃない?」

声は震えていなかっただろうか。それだけ一息に言い切って机に突っ伏して顔を埋めた。少しきつい言い方になったかもしれないけど…それは君が悪いんだ。

 

「悪ぃ。俺眠くなってきたからさ、先生に当てられそうになったら起こしてくれない?」

 

心を吹き荒れる真っ黒な感情を押さえつけて、そう言うことが出来た自分を褒めてやりたい。本当なら彼女をめちゃくちゃにしてその男から引き離してやりたいと思っているのに。

 

「あ、うん。おやすみ。」

照れているからだろうか。いつものように授業中眠ることを窘めることなく彼女はそう言った。

そのまま授業のためにあのトートバックから教科書やノートを取り出している気配がする。

 

 

 

ああ、それでも彼女の幸せを願ってしまうのは。

 

隠した腕の中で、一筋こぼれた涙が俺の心を清めてくれればいい。真っ黒な俺を限りなく白い彼女に近づけてくれれば。

 

 

 

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第一回チャット記念MAOさんリクエスト作品。

カップリング 華原×ひとみ
内容 「やさしいふりでもいい」の逆バージョン」で、ヒトミにこっそり惚れてた男の子がそのまま失恋する話し。
「やさしい〜」と同じく大学生設定で、告白したり、ヒトミに気付いてもらえるようなアピールをしたり出来ないままに、自分の失恋を知ってしまう男の子視点。

というリクエストでした。

男の子視点ということで結構悩みました。うーん、どうだろう…。
男の子がひとみに惹かれていく過程とか告白せずに失恋するとか…。難しいです。
そしてオリキャラ多すぎです。
しかもよく考えると今回雅紀は名前すら出てきてません。あいたた。

前も思いましたが前後編にする必要あんのかってくらいいつも私の書く話は短いですね。雰囲気のため分けているということで!

 

 

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