きっと泣くことは悲しみを体の外に出すことと同義なのね。そうして人は、悲しみの淵から抜け出せるんだわ。

私が、そうだったように。

 

 

片道切符 弐

 

 

あの日から数ヶ月がたって、私はようやく現実に目を向けることが出来るようになった。

部屋にこもって携帯を見つめていても、彼と過ごした時間をただひたすらに思い出していたって何も変わらなかったから。

薫には「やっぱあんたは内に溜め込みすぎなんだよ。もっと頼ってよ。」って茶化すように言われたけれど、その優しさがとても嬉しかった。

驚いたことに絢子さんも来てくれて、「あなたがそんなんじゃ張り合いがありませんわ。…もう、私のライバルなんですからしっかりしてくださいませんこと!?」って言ってくれて。いつの間にライバルに認定されたんだろう、なんて思わず笑ってしまった。

 

そうしてみんなの優しさに触れ、私を守ってくれているように感じていた部屋から外に出て久しぶりに前を向いて歩いたら、街は相変わらず忙しそうにしている人たちが溢れていて。なんだか自分だけが悩んでいるんじゃないかって、なんだかバカバカしくなったりして。ああ、時は止まっているんじゃないかと思っていたけれど、みんな時間は平等に流れているんだよなぁ、なんて当たり前のことを考えてしまった。

 

私が引きこもっている間に要さん主演のドラマが始まっていて、ものすごい視聴率をたたき出していると世間では話題になっている。かなり面白いらしくて、街を歩いていてもそこかしこのテレビではそのCMをやっているし、噂をする女子高生達の甲高い声も私の耳に入り込んできた。

「炎樹やっぱかっこいいよねぇ〜!」
「だよね!前より演技も上手くない?」
「あー、私もそれ思った!なんか切なくなってくんだよね!」
「そうそう!もーあの役すっげかっこいいんだもん。さすが炎樹だよね。最近CMとかにもひっぱりだこだしさ。映画も撮影に入るんでしょ?」
「らしいねー。もう毎日見れて超幸せ!」

 

 

それ以上聞きたくなくて、足早に通り過ぎた。

彼女達が言っていたように、テレビや雑誌でも彼を見ない日なんてないくらいに取り上げられているけれど、そのどれもを目にすることを体が拒否していた。

 

…これ以上、疲れたくないのね、きっと。

こんなにも求めているのに、もう得られるものは悲しみばかりで。矛盾した二つの感情が私の中で渦巻いている。心が軋んで悲鳴を上げる。

 

テレビも出会う以前のように、バラエティーなんかは全然見なくなったし、ドラマだってほとんど見ていない。ニュースやワイドショーで出てきてしまったときには口に運んでいるジャガイモやかぼちゃに注目したりしていたけれど、そんな私を家族も気遣ってくれるからなんだか心苦しくて、最近はもう気にしない振りをしている。

あーぁ、あの人といて、私ももしかしたら演技力が身についたのかしら、と思うくらいに、最近ではずっとマシな笑い方が出来るようになったと思う。

 

 

と、また思い出そうとするのを首を振って打ち消して、カラカランとベルを鳴らしてドアを開けた。

くるりと見渡すと、こじんまりとした店内のいつもより二つ奥の席に二人が座っているのが見えた。こっちこっち!と軽く手を振る薫に笑顔で返して、悟さんにカフェオレを注文してから薫の隣、絢子さんの左前の席に座った。

「…私を待たせるなんてどういう了見ですの。」って絢子さんが少し怒ったように言ったけれど、

「とか何とか言っちゃって〜。本当は心配してたくせに。全く素直じゃないんだから。」という薫の言葉に思わず嬉しくなって笑ってしまった。

な、何笑ってるんですの!私は…!なんて反論してるけれど、頬がほのかに赤みを帯びていて。ああ、絢子さんて実は優しい上にかわいいんだな、なんて思ってしまった。…口に出したら余計にひねくれた答えが返ってきそうだから、そっと心の中にとどめておくことにしたけれど。

私はもうゴージャスに行くことはなくなったけれど、まだ通っている二人は色んな出来事を教えてくれた。

万里さんが格闘技の試合で勝ったときにはゴージャスでお祝いパーティが開かれたこと(胴上げをしたものの、酔っているみんなの足では万里さんを支えられなくて、みんなでつぶれちゃったらしい)や、チヒロさんが医学部に入ったからとお医者さんごっこが流行って大変だったこと。

「彬とカズマは辞めちゃったんだよね。彬は一年って言ってたから分かるんだけど、カズマは何でなんだろうねー。」

「さあ、私も知りませんわ。でも以前のメンバーが居なくなってしまって少し寂しいような気がしますわね。」

「まあねー。とはいっても新しい子もたくさん入ってるんだよ。こないだなんかね…!」

って二人は今のゴージャスのことを面白おかしく話してくれる。くすくすと笑いをこぼしながらも、頭のどこかで。ああ、あの人ももうあそこにはいないんだなぁ、と実感し。もうあの頃には戻れないんだ、と考える自分が居た。

 

「…かり?明里どうしたの?」

ふと気がつくと薫と絢子さんが少し心配そうな瞳で見ていた。

思ったよりも思考に沈んでしまっていたらしい。

「あ、ごめん、何?」

「明里はこれからどうするの?」

これから。

「あ、バイトに戻るつもり。…もう落ち着いたし。」

いつまでもこうしているわけにはいかないと分かっていた。それに何もしないでいたって辛いだけだから。

「…そっか。何か辛いことあったら何でも相談してよね.」

「そうですわよ。ライバルがそんなに覇気ないままじゃ私も張り合いがありませんわ。」

友達って素敵だな。二人が居てくれて本当によかった。

「……うん!ありがとう。」

目頭が熱くなるのを感じて、涙がこぼれないうちに言葉にした。

 

 

いつまでも悲しみの中では生きられない。

最初の別れで誓ったように、私は私のために変わりたい。強くなりたい。

それにきっとあの人は、うじうじする女は嫌いだわ。

 

 

……もうあの人に、私の変わった姿を見せることはないだろうけれど。

……まだ、私と違う世界に生きるあの人の姿を見る勇気もないけれど。

それでも、私は。

 

 

 

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