時間があればあるだけ。あいつのことを考えて。

休めば休むだけ。あいつの夢を見る。

 

誰かここから、俺を救い出してくれ。

 

 

片道切符 伍

 

 

それなりに変装して、特にあても無く街を歩く。

久しぶりに出た街は少し店が入れ替わっている。周りを歩く人々はひどく急ぎ足だったり、くだらない話題で笑っていたり。

それは大して以前と変わりはしないのに、自分の目に写る光景は以前と少しも同じではない。

 

倒れた日以来、仕事の量は適度に減った。それなりに休みもあり、今日も久々に一日オフだった。オフの日はのんびりしろと言われているけれど、一人で部屋に居たりするともう最悪だ。もうあの日から半年が経ったというのに想いは全く色褪せる様子を見せず、それどころか日に日に鮮やかに蘇り、もうどうしようもない。

「…俺ってこういうとき相談できる友達って誰もいなかったんだなぁ。」

思い返してみれば、浅く広く人付き合いをしてきたせいで特に心をさらけだして付き合える友人というものがいなかった。

「はあ。何やってんだか…。」

ポケットに無造作に突っ込んでいた両手を引き抜くと、じっとりと汗をかいていた。もう夏も終わりに近づいているというのに、日差しは弱まる気配すら見せない。じりじりと照りつける太陽から逃れようと影の中を歩いた。

 

オフなど無くていい。とにかく忙しくしていたい。

 

ドラマの仕事が終わり、映画の撮影も終わった。今は雑誌の撮影とかCMとか、そんな単発の仕事をいくつか予定している。しばらくすればまた新しいドラマや映画の撮影が始まることになっている。

彼女のことをすぐ考えようとする自分を思考から締め出しながら、その材料として仕事のスケジュールを思い出す。

仕事は至って順調、と言えるのだろう。確かに倒れてから仕事の量は減ったが、それは仕事の依頼の量が減ったわけではない。相変わらず依頼は断っても断ってもどこから湧いてくるのかと不思議になるくらいだ。それを適度な量に鈴原が調節している。

あの一件までは恐らく仕事漬けにして、自分を外に出さないようにしていたのだろう。今ではその必要も無いと思っているに違いない。…実際こうしてオフがあっても、もう会うことなど出来ないだろうが。

 

半年も経てば彼女も変わっているだろう。彼女の周りだって。彼女に想いを寄せていたのは何も自分だけではなかった。ゴージャスでの同僚、だって。

今、どういった思いで、どういった暮らしをしているのか。気になるけれど、確かめられないことだった。確かめる術が無いわけではない。どこで暮らしているのかだって知っているし、電話番号もメールアドレスも、恐らく彼女は変えていないだろう。けれど。

 

それを確かめるには自分が許せなかった。そして、その勇気も無かった。

彼女が自分を忘れて生活していたら?過ぎ去った時間は、一つの恋を終わらせるのに十分だ。

もう彼女は別の男のものかもしれないのに。彼女が他の男の隣で微笑む様子など見たくはない。意気地なしと言われようが、俺らしくないと思おうが、そんなことはどうでもいい。

自分の心を保つには、もうこうするしかないのだから。

 

立ち止まり、無意識に詰めていた息を吐き出す。

違うことを考えようとしていたはずなのに、何を考えてもいつか彼女にたどり着く自分に嫌気がさした。

「俺ってこんな引きずるやつだったんだな…。かっこ悪ぃ。」

彼女と出会ってから、自分の知らなかった部分が見えてきた。独占欲は強いわ、未練がましいわ、意気地は無いわ…。

「最悪。」

吐き捨てるように呟いて、足を踏み出した。半年だ。6ヶ月。1年の半分。その間、俺にだって多くの出会いがあったじゃねぇか。モデル、女優、アナウンサー。世間一般で綺麗と言われる女に人よりたくさん会ったはずだ。

そうだ、この女だって。

 

 


日時:9月10日 22:48

FROM:サオリ

件名:撮影お疲れ様です

九神さん撮影お疲れ様でした☆
わたしも今終わりましたー(●^o^●)
あのドラマ以来全然いっしょのお仕事がないので寂しいです。
今度、一緒にどこか行きませんかー?
九神さん、ドライブがお好きって聞きました。
よければどこかオススメのお店とか連れて行って欲しいな〜なんて思ったりして(*゚v゚*)
お暇なときに連絡くださいねv


 

 

もう5日も放置していたメール。

もう一度眺めて、ボタンを押した。

 

もう戻れない。やり直せやしないんだ。

 

  


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